4*スカイ
の散歩は苔生した十字の石碑から始まる。

気温が涼しくなると私はどうにもならなくなる。


バタバタと慌しく長い長い回廊を往復し、外に飛び出す。


空を見上げれば、夜。


生憎今夜は月も無く、星も瞬き弱い。


暗闇だけがある。


しかし、夜の空に好みを持たぬ私はいっそう自らの野生を取り戻していくのであった。


何故なら全てを呑み込む闇が何より私の母であり、兄弟であり、恋人であり、呼吸であり。


命であり、魂であり、自らの悪、心、想いの全てであるからだ。



もう何年も前に知り合った少年の闇を思わせる、この夜更け。


大好きな少年に訪れた永寧の闇は深く深く私を傷つけたが、彼は私を慰めるばかり。


それが、哀しくも愛しい。



私はとてもとても高い所から、街を見下ろす。


細やかな道筋が血管のように大地の膚を這い、闇に溶け込んでいる。


黒々と流れる大動脈は汚れきり、流れていないかのように見えるのだが。


大動脈に沿うように流れる微灯は人のつくりし電気の光だ。


そうして、一際暗く、汚い、塵のようにも見えるのは人である。



不思議だ。


得てして人は醜い。


それだのに、醜い人がつくる光の、なんと美しいことよ。



人のつくる生命の光の、なんと眩しいことよ。



その歩みはうろうろと鈍く。


地図という迷路からいつまでも逃げ出せずにいる。


そして連なるその小さなともし火が、一つの十字を形作っている。


もともとこの街は十字形に割られた一つの建物であったことを、何人の人間が知っているであろう?


そこであったすべての出来事を。



苦しみという苦しみから、


どこからともなく生まれくる言葉にならない醜き心情から、


そこから生まれゆく、慈しみから産声を上げたこの小さな街から。


数多の命が消え、そしてこれからも消えてゆくだろう。


命は不思議。


人間や鳥や、虫。


すべてが平等に与えられているように見えるのだが、確実に不平等に奪われてゆく。


生者は、その瞳を湿らせて、その舌を湿らせて、せわしくなく動き、瞬きの間に生きる。


死者は屹立した静寂の中、静かに逝きる。


友人の死はイタマシイ。


けれどもウラヤマシイ。


本当に羨ましい、と泣いた生者でも死者でもない一人の人間を、私は知っている。


彼から、私は眼を逸らすことが出来ない。


生きることなく、永遠に動き続けるのか、彼は。


友人の死に泣く彼の想いがそこにはあり、彼の思想は決して刹那的でなく、非常に前向きな希望を感じる。


それが救いであるとは思い難いと、彼を見ているとそう思う。


知らず涙を零していた自分に気づいて、私はかまわずその屋上から降りた。



生温い風を一身に浴びて風間を泳ぐ。



地を這う生物よ。


この気持ちは君たちにはわからない。



地に両足を突く君たちの美しさは。



母なる球体から決して離れぬことのできぬ君たち。


それは飛空する私たちも同じなのだが、一瞬でも心離れることのできる意味は革新めいたものがある。



私の故郷からは遠く、永遠に届かない人工的な空は決して私を癒すことをしないが、愛さずにはいられない。


本能なのだ。これは。


愛こそ永遠に足る想い。



他ならぬ人間が、それを私に教えてくれた。



ある夜、私は夏野の肩に舞い降りた。


夏野は重そうに肩を少し沈ませるが、嬉しそうに私を撫でた。


彼の柔らかな髪が私の眼を刺戟する、それすらも愛しい。



夏野の隣には見知らぬ少年(夏野よりは成長しているようだが)がいて、私を驚いて見ているのだ。


私も彼を凝視する。



細っこい糸のような眼が驚愕に眼を見開き、大人びて見えた彼の面差しを幼く見せている。


この少年の漆黒の両眼は、昔の夏野の両瞳を思い出させる。


ホラ、白眼が青みを帯びている。


それほどに清んでいるのだ、彼の両眼は。



夏野の眼もそうだった。



悲しい。


悲しい色だ。



この世で最も悲しい色だ。


だが絶望は時を美しく見せることがあるということは言及しておかねばなるまい。


彼の両目が落ちた時、えもいわれぬほどの悲しみを感じたことを覚えている。


と同時に、夏野の二つの空路を醜く感じたことがないのも確かだ。


夏野の洞は、私をおかしくさせる。


空を飛ぶことを、苦痛にさせる何かが彼にはあり、私に永寧の地の底を思わせる。


狂ってゆく鳥は、飛ばないということ。


飛ばない鳥は、最早私であって私でない。


それは人間も同じであると私は思う。


鳥は翼。


人間は眼で、“飛ぶ”。


人間が空を見上げる時、その瞳に映る空の中で、彼らは飛翔する。



飛ばない鳥は夏野だけだ。



目の前の、


この眼のある少年はどうだろうか。


この少年の瞳には若く、初々しい力がある。


怒りがあり、そこには光がある。



彼は飛べるのだ。



暗闇よ、我が母。



光の中にこそあれ。



光よ、私が体験し得ることのない光よ。



せめて暗闇の中でこそ惹かれ、飛べない子供を癒して欲しい。



わたしは、夏野の隣の少年の肩にのりうつり、彼の肩に爪で標した。



すなわち、



(彼の両目が落ちないようにと。)





週末、早氏くんは再び夏野少年と再会した。

そして、件の梟、『スカイ』と初めて合間見える。

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