12*吐く息はどこまでも白い。 | |
その日はひどく寒かった。 風が強く、雨こそ降ってはいないが今にも降り出しそうな空模様だ。 行き交う人々も重そうにコートをはおり、マフラーや帽子を抑えながら通り過ぎていく。
友人と行ったバーで声をかけられて付き合いだした男。 年齢の割りに子供っぽい表情をする男で、風子の苦手とする人種ではあった。 だが眼が気に入った。 彼は最初から風子の目をじっと見つめながら柔らかく話した。 「ステキだな。」 そんな風に感じた。 (「ステキ」…!そんな単語、今まで使ったことがなかったわ。) それ以来「ステキ」というコトバは風子にとって特別な言葉になった。 数度デートを重ね、今日は何度目だろう。 一度目のデートから、風子は彼がその表情や仕草だけでなく時間間隔までもが子供並の感覚の持ち主であることがわかった。 時間にルーズな彼はデートの度、風子に待ちぼうけを食わせるのである。 五分十分の遅刻ならまだいい。 彼は軽く数時間遅れてくる。 その度、ケイタイに何度も連絡を入れるが、こういう時に限って留守電に切り替わっている。 一時間二時間…、待たされるたび風子は何度帰ってしまおうと思ったことかわからない。 しかし必ず「来るには来る。」ので風子は待ってしまうのだ。 待ち合わせ時間より遅く行ってみようかと考えたこともある。 しかし、その日に限って彼が時間を守ってくれたら! それを思うと行動に移せないのだ。 (あぁ、それにしても今日は寒い。) 時計を見ると待ち合わせの時刻からすでに二時間が過ぎている。 寒さはいよいよ厳しくなり、そろそろお腹も空いてきた。 そのような中、待ち合わせをしているカップルが次々とお相手が到着し、仲よさそうに去っていく様子を見送るのは非常に苦痛だった。 (自分はなんてみじめなのだろう。) わざわざこんな寒い日に、時間間隔が宇宙人並に“ステキ”に狂っている男を二時間も待っているなんて! (あ、今わたし「ステキ」ってコトバを使った。) 自分の日本単語用途が激しく間違っていることに気づき風子は不機嫌になる。 もう近くの喫茶店にでも入ってしまおうか? 彼には留守電に吹き込んでおけばいい。 少なくともこの寒さは凌げるはずである。 でも風子は考える。 (もし、留守電に気づかなかったら? 毎回何度も電話してるのに、あの人一度だって電話について謝ったことすらない。) 足が木の根のように、冷たいアスファルトにビッシリ根付く。 結局、風子は近くの自動販売機で缶コーヒーを買って寒さを凌いだ。 手にすっぽり収まるサイズの缶コーヒーが風子を僅かながら慰める。 (もうすぐ、もうすぐ。) (………。) (…今頃電車を降りて走っているかもしれない。) 寒さに震えながら、ぐるぐると焦燥する風子の目に何か冷たいものが入り込んで、風子は瞬きを激しくした。 雪が降ってきたのだ。 雪は細かい粒子で降り注ぎ、風子の影を白く染めていく。 どうりで冷え込むわけだ。 溶けずに残る粉雪を払いながら、風子ははぁっと両手に息を吹きかける。 息が真っ白く濁っては消えた。 寒さに比例してその白はより深く白く、青っぽくさえ見える。 風子は手を温めようともう一度息を吐く。 霧のような雲のような濃い息吹が風子の口から吐き出された。 (もうすぐ…。) 風子の冷え切った肩が勢いよく叩かれるのは一分後。 |
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