「寂しい、」
降りしきる雨の中で、そう言って那由多は傘を閉じた。
雨粒が細くまあるく、彼を侵食していき、また、それを拒まぬ那由多の瞳を濡らしてゆく。
* * *
那由多は十五歳の時ひどい交通事故にあった。
その時、かろうじて命は助かったものの、眼の神経を傷つけてしまった。
失明は免れたが、それ以来那由多は両目の視界に蜘蛛の巣をかけたような網がかかるようになってしまった。
塵一つとない青空も、どこまでも純粋な白を称える雲も、透明に打ち震える雨の雫一滴さえ、那由多にはすでにピュアなものではありえない。
どこまでも後天的に、網目に張り巡らされた世界。
それが那由多の全ての世界だった。
なんという…
なんという閉塞感!
那由多はずっとこの檻から抜け出したいと思っていた。
* * *
(眼鏡と同じか…。)
他人と眼を合わすことを厭うて眼鏡を着用する人もいるというではないか?
そんな風に慰めてみたけれど、那由多はもともと人好きする性格だ。
それがさして良いこととは思えなかった。
他人と全く触れ合わず、同じものを見ることも出来ず、世界の色づけさえ隔離された那由多は、ひどく …寂しかった。
とてもとても寂しかった。
「寂しい、」
再び、…口に出して言った。
雨で潤い歪んだ視界が、ほんの少しだけ、那由多と透明な世界を近づける。
雨が、目薬のように那由多の眼球に滲み込んでいく。
涙が止まらない。
この雨が恵みの雨というならば、どうかこの閉塞世界から僕を…。
…僕を救いだして。
言いながら…、
那由多は穴だらけの空を見眇めた。
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